仙台高等裁判所秋田支部 昭和28年(う)85号 判決
(一)原判決が被告人工藤および被告人白戸両名共謀のうえ、昭和二五年七月中二回にわたり、被告人笹野に対し被告人工藤の酒税法違反事件について、罰金相当額を軽減されたい趣旨の請託をなし、被告人笹野の職務に関し、現金八千円を提供したところ、いずれも被告人笹野がその受領を拒絶した事実を認定していることは所論のとおりである。
検察官は、被告人工藤および被告人白戸の右二回の賄賂申込の事実は本件公訴事実である昭和二五年一〇月中の賄賂供与の事実と包括一罪の関係にあつて、起訴の範囲に属すると主張するので、その当否を検討する。
公務員の職務に関し、賄賂を申込み、またはこれを供与する行為が日時を異にして数回にわたり、行われた場合は、各行為が賄賂申込罪または賄賂供与罪としての可罰性を有するのであるが、それらの各行為はひとつの贈賄目的を達するまでの進展過程において行われたものであるから、これを包括的に観察し、一箇の賄賂供与罪をもつて処断すべきものと解すべきである。したがつて被告人工藤および白戸が昭和二五年一〇月ごろ、被告人笹野の職務に関し、賄賂として現金八千円を供与したとの被告人工藤および白戸に対する本件公訴事実にはこれよりさき、同年七月中二回にわたる同被告人等の賄賂申込の事実が含まれているものというべきことは所論のとおりである。しかし刑事訴訟法第二五六条第三項によれば、公訴事実は訴因を明示してこれを起訴状に記載すべく、訴因を明示するには、できる限り日時、場所および方法をもつて罪となるべき事実を特定しなければならないことを命じているのであつて、訴因として起訴状に明示されていない事実は裁判所の審判の対象とならないのである。このことは包括一罪の場合も同様であつて、具体的に明示されていない個々の犯罪を構成すべき事実に対しては裁判所の審判の対象とはならないと解すべきである。しかるに被告人工藤および白戸に対する起訴状をみると同被告人等の昭和二五年七月中の二回にわたる賄賂申込の事実については少しも触れていないのであるから、これらの事実は訴因の明示がないため、裁判所において審理判決することはできない。原審が右賄賂申込の事実を認定したのは、審判の対象としてこれを認めたのではなく、審判の対象を訴因として明示された昭和二五年一〇月ごろの賄賂供与の事実におき、その事実が有罪と認められないことを説明するために、認定したものであることは原判文上明らかである。
確定判決の既判力は、一個の事件の全部に及ぶから包括一罪として起訴された本件においては、訴因として明示されなかつた被告人工藤および白戸の昭和二五年七月中二回にわたる賄賂申込の事実についても既判力の効力が及ぶ結果同被告人等に対し無罪の原判決が確定した場合有罪と認むべき右賄賂申込の事実については改めて起訴処罰することができなくなることは所論のとおりである。しかし検察官が右事実について処罰を求める意向があつたとすれば、訴因を追加することにより、その目的を果すことができた筈である。
(裁判長裁判官 中兼謙吉 裁判官 西田賢次郎 裁判官 浜辺信義)